弔 辞
宮地獄神社の参道に松ヶ枝餅という
あんこまんじゅうが売られてる
店先に並んだ人の行列がひとつの風景になってる
この参道のいつもある風景の中に
両足の無い白装束に旧日本陸軍の帽子をかぶって
土下座してるおもらいのおじさんを
つい先頃まで見てた
終戦後57年
80前後という年齢に
戦争を実感できない新しい世代は
やさしかっただろうか
先日、職場に一本の外線電話が
「はい、予算課です。」
「すまんけんど、あんたんとこに、
古い社員の職歴は、あるかね?」
「はい、いつ頃の話ですか?」
「昭和49年に退職した人なんやけど、
亡くなったたい、
弔辞読むのに、いつ入社したかだけでも、
わかりゃせんかなぁと思って」
「おそらく、そんなに古いものは人事課だと思いますが」
「そうかね、わしもOBやけど、昔は、
最後の職場が職歴を保存するようになっとったとよ」
「そうなんですか、確認します、しばらくお待ちください」
ちょうどその日は朝から
前日、新聞にすっぱぬかれた記事に対し
社長からコメントを求められ
室内はピリピリした空気が流れていた
庶務担当テーブルへ行き
「古い職歴は、ここにあるんですか?」
静かに尋ねてみると
「ここで最後に退職されたならあるはずですよ、
だけど古いやつは、倉庫ひっくりかえさんと・・・・・・」
「あっ、あるんですか、わかりました」
自分のテーブルに戻り、電話の相手に、
「探してみます、お時間をください。
亡くなられた方のお名前は?」
「Mさん、係長が最後やったろう、82歳やった」
「はい、どちらにお電話したら、よろしいでしょうか?」
「わしはM、親戚やないよ、たまたま同じ名前や。
住所は福岡県○○、電話番号は、○○。世話かけるね」
「はい、見つかるかどうかわかりませんが
、いずれにしてもお電話します。」
まず、総務課
そして人事課
同じ質問をぶつける
「古い人事記録、デジタル化されてないんですか?」
「いつ頃ですか?」
「昭和49年退職された方です」
「最近のならあるんですけどね、原本探すしか無いですね」
いよいよ力仕事
倉庫へ
昼休みへ突入
葬儀は、今日か明日か聞かなかったけど
いずれにしても時間はあまり無い
思いの外
簡単に見つかった
古い職歴簿
自分の会社のすごさを感じる
表紙の裏に綴ってある人の名前
左に番号
その番号を大きなマジックで
職歴の紙の右肩に書いてる
インデックスなんてしゃれたものは無い
だけどすぐ見つけることができた
コピーを取って
目で追う
入社日
そして・・・・・
電話をかけると奥様がちょっと出てるとの事
5分ほどしてかかってきた電話に
「先ほど住所教えてくれたのは、
送って欲しいという事なんでしょうか?
間に合うんですか?」
「いや、時間が無いから、
入社の日と退職の日を教えて、表彰もあれば・・・」
「はい、入社日が昭和13年11月11日
退社日が昭和49年3月31日です、表彰は・・・」
「いや、世話かけたね、ありがとう」
「あっ、もし・・・・」
「んっ?」
「あのですね、昭和15年2月14日
歩兵第六中隊に入隊され満州に行かれてます。」
「ほう・・・戦争に行ったたいな、いつ除隊しとるかね
・・・終戦までかな・・・」
「えっとですね・・・・昭和20年8月20日です」
「そうか、ありがとう、わしも知っとるものが少なくなった
あんたたち、若いもんに頼るしか無い、
よろしく頼みますよ」
「はい、こちらこそ、予算課OB会でお会いしましょう」
「わし、今年は行かんかったったい、体悪くして」
「昨年は、おいでになられたんですね、
カメラマンでパチッ、パチッ撮ってたのが私ですよ」
「そうかね、わしは、Hさんとこのテーブルに座っとったよ、
またお会いしましょう」
「はい、楽しみにしてます、失礼します」
Hさんというのは
役員であり
その席に同席されるというのは
偉い方
偉功を嵩に着ることなく
淡々と亡くなった知人のために
骨を折る先輩の姿に
一服のお茶を飲んだ後の
爽やかさ感じながら
戦争という歴史を肌に感じた
午後でした
I received the performance from
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2003.02.02
by hiko_i